前立腺がん闘病記「1」・・・これまでの経過 2019年8月18日
はじめに・・・前立腺がん闘病経過の概要
6年余り前(2013年7月30日63歳)私のPSA値は14.86だった。しかし、検査もせずそのまま放置していたが、2年半余り後(2016年2月25日66歳)頻尿や血尿に驚き病院に行った時はPSA値は41.4になっていた。
それでも、その後、前立腺炎の治療に10ヶ月以上費やし、やっと前立腺がんの検査を行い治療を始めたのはPSA値が14.86だった時から3年半余りすぎた2017年2月3日(67歳)だった。PSA値は60近くになっていた。
そして、この様に、2017年1月に前立腺ガンに罹っている事が確認されてから、食事療法や運動や其の他生活習慣の改善を行いながら病院でCAB療法(一日1回のカソデックス服用、3ヶ月毎のリュープリン注射)を始めたが、3ヶ月毎のリュープリン注射は去年(2018年)の12月で止めにし、毎日飲んでいたホルモン剤も今年の2月2日で止め・・・というように、2017年2月3日から開始した2年間のホルモン剤に依存した治療を終わりにして、放射線治療・・・「強度変調回転放射腺治療(VMAT)での体幹部定位照射「SBRT」)」(スペーサーも使用した)へ切り換え、今年の3月8日には放射線治療も終わり、その後2回の検査ではPSA値は順調に下がり、今後は、定期的に血液検査などでPSA値などを監視しながら、「生活改善と治療の研究」をさらに進めていくことが課題と思われる・・・というように、一応病院での治療には区切りが付いた。
ブログを書く経緯について
こうした事を振り返ると、もし、6年余り前PSA14.86だったときに、トリモダリティーでの治療ができたら現在は完治している可能性が高かったろうと思う(前立腺癌治療にSBRTの使用は多分まだ日本では行われていなかった)一方、もしその時直ぐに治療を始めたら全てを病院に頼ってしまって食事や運動や其の他生活改善をやらずにいただろうから、例え前立腺がんは治っても他の生活習慣病になっていた可能性が高い・・・とも思えば、丁度いい時期に前立腺がんに罹っていると分かったとも言えると考えている。また、そう言えるように生きていくしかないだろうと居直ってもいる。
ともあれ、私は・・・放射線治療はIMRT(強度変調放射線治療)で2グレイ×(36回~39回)が通常だが、私はVMAT(強度変調回転放射線治療)によるSBRT(体幹部定位照射)での(8グレイ×5回)という2016年4月に保険治療対象となった、日本での前立腺がん治療では新しい治療を受けた。
また、半年ホルモン治療を行ってから放射腺治療を行い、その後1年半~2年ホルモン療法を継続するのが通常だが、私は2年間ホルモン療法を行った後放射腺治療を行い、ホルモン治療は放射線治療1ヶ月前に止めたが、その後も行わないつもりだ。
それ故、私は、先駆者というか異端者なのかもしれないが、私のような状況下での治療資料はほとんど無いと思われるので、今後治療経過がどの様になるか解りづらい。その意味では記録を残すことに意義を見いだしている。
また、2017年1月に前立腺ガンに罹っている事が確認された経過やその後の治療経過などは、2017年4月30日に「前立腺がん治療報告」(1)として友人関係を対象に出すようになってから2年余りの間、「前立腺がん治療報告」(6)「2019年6月18日」まで書いてきた。
一方、実際に前立腺がんに罹っている本人の「前立腺がん闘病記」・・・「晩期ガンからの生還」「三谷さん」「ひげの父さん」・・・其の他・・・など何回も読みながら、いつかは自分も前立腺ガン闘病記を公開できるようになりたいと考えていた。
それで、病院での治療に一応区切りが付いたところで、「前立腺がん治療報告」は2019年6月18日付けの「6」で終わりにし、前々から予告しながら実現できなかった「前立腺ガン闘病記」をブログで始めることにした。
また、VMATによるSBRTを実施して1ヶ月後までの経過は、「前立腺がん治療報告」「1」~「6」で書いているので、編集しながら公開した。
私は去勢抵抗性前立腺がん?
放射線科から検査の送り状には私の病名が「去勢抵抗性前立腺がん」と書かれていたが、ここ1年2ヶ月間のPSA値の上昇(最低値0.036~0.8)を見るとそう言えるだろうと思う。
また、2年前(2017年)の1月に血液検査と骨シンチとMRI検査を行った江戸川病院からは血液検査の結果だけは後に要求して郵送してもらったが、そこでは病理期などの説明も診断書ももらえなかったが、何の疑問も持たなかった。
2年間ホルモン治療を行っていた病院から放射線治療を受けた東大付属病院への紹介状でも「骨転移、リンパ節転移陽性」を江戸川病院から通知を受けたというだけで、病理期の説明はなかった。
一方、私はA~D「病理期分類」の仕方を去年(2018年)の12月下旬~今年(2019年)の1月初めにかけてインターネットで調査して行く過程で知ったわけで、多分超高リスク(他の臓器や全身の骨転移までは進んではいないが、リンパ節や骨盤への多少の転移が疑われている)前立腺ガン患者で多分病期はD1「この期別分類は曖昧さを含んでいるため、現在では国際比較が可能となるようTNM病期分類を用いるそうだが」と自分で判断していた。
ちなみに、TNM病期分類を理解できたのは最近である。今年の1月のMRI検査報告書類にT2W1と記載されていたのをMRIの種類ではなく私のTNM病期分類と勘違いしたほどであった。
さて、改めて2年前の治療を始める前の検査データーを東大付属病院の医師に見てもらったところ・・・「がんは前立腺外へ出てはいるようだがハッキリとは見えない、骨転移しているかどうかは画像上ではハッキリしないが転移は疑われる・・・まずはホルモン療法を始めたのは正しいのではないか」という見解であった。
その後、つい最近知った事だが、MRI検査後に生検という順番にしないと生検で出た出血によってMRI検査が正確にできないので、通常はMRI検査が先に行われるそうだが、生検後3週間も経たないで行った当時のMRI検査では、正確に私の病理期も「分類」も把握できないのではと現在は考えている。
また、東大付属病院の放射線科の医師に当時の検査データーを見てもらってから、もしかしたら、私の病理期はC、あるいはCとDの間かなと思ったが、現在は今更どちらでもいいことと考えている。
・・・私が前立腺ガンに罹った原因・・・
さて、14年位前に現在の家に引っ越す前は、通勤は自転車と車の併用で約11キロあったが、天気のいいにはほぼ自転車。休日は親父の会の活動や子供の野球の手伝い等でも忙しく動いていた。スキーは年に数回、自転車は通勤だけではなく10キロ以上離れている池袋などへ行くときもよく利用していたし、賃労働は朝早いが帰りは保育園への子供の迎えや買い物は十分できる状態だった。
しかし、引っ越してからは、特に会社を辞める前(退職は2014年)の数年間(50歳後半から64歳頃まで)は賃労働が忙しくなった(私だけではなく連れ合いも私以上に仕事が忙しくなり)ことや家族内の忙しさ(家事や子供の卓球教室への送り迎え・・・)が重なり、睡眠時間は減少し、ストレスで過食状態、休みは寝るのが楽しみという状態となり・・・時々母親に応援を頼んでいたが、このままでは病気(念頭にあったのは、肺ガンか胃がん、脳血管障害や循環器疾患など)になると考えるほどだった。・・・実際には想定外だった前立腺ガンに罹ったのは多分この頃(2013年7月30日、63歳の時にはPSA14.86)と思う。
また、前立腺ガン治療報告「4」「はじめに」(2018年6月30日)「私の血縁には「前立腺ガン」になった人はいない・・・しかもガンが原因で死亡した人は、知る得る限り父親母親の血縁関係(従兄弟、はとこ、曾祖父母全て)で一人だけ・・・ということなどを考えれば・・・私の場合は「生活習慣による前立腺ガン発症の可能性」が高いと思われるので、「生活習慣の改善」を推し進めていくということが私の前立腺ガン治療の基本である・・・と現在も考えています」・・・と述べたが、現在も同じように考えている。
(2013/7/30 psa14.86)について
(前立腺ガン治療経過報告「1」2017年4月30日p4・・・定年退職後に嘱託社員へ移行した際に、組合と会社との協定で義務付けられていた誕生日前の健康診断ですが、その際に、会社へ提出する書類とは別に私個人でPSA検査を有料で依頼した際の数値です。ですから、会社へ提出する書類(法律で定められていた内容の検診費用は会社負担と協定されている)とは別の書類なので会社には提出していませんがPSA検査結果は異常がありそうなので産業医に相談しています。**PSA検査以外にも自費で肝炎ウイルス検査ピロリ菌検査も行い、全て異常なしだったのでこれらについては相談していません**産業医は検査結果の書類に(前立腺ガン、前立腺炎)と書きましたが、それ以上話の内容は覚えていませんし、その後なぜ泌尿器科へ行かなかったのか**前年は産業医の指示で「心臓ドッグへ行き、また産業医とのやりとりの結果自分で判断して「脳ドッグ」へ行き結果は異常なしでしたが**産業医の担当者が変わったせいもあると思いますが***この頃は、肉体的にも精神的にも限界なので、会社を辞めようか配置転換をしようか決断出来なくて迷っていた時期だったので、それが理由かもしれませんが、はっきり解りません。また、その後は、夏を乗り切るのにやっとだったし、秋には腰痛になり**疲労が原因の筋肉痛だと思いますが**これを機会に会社を辞める決断をしたり、家人達からは「皮膚ガン」を疑われ半年に3回腫瘍摘出(全て良性の皮膚腫瘍)を行ったりと決断事項が一杯あり、Psa14.86はずーと記憶にあったのですが泌尿機器に異常を感じなかった事もあり対策は先送りにしたのかなと考えています。・・・・
生検を受けるまでの状況・・・
前立腺がん治療経過報告「1」)2017年4月30日より
・・・去年の春前頃から近くの病院で前立腺炎の治療を続けてきましたが2016年11月18日の血液検査(採血結果報告を受け取ったのは同年12月中頃)でもpsaが上昇続けてPSA47.4だったので、今年の1月10日に同病院で「前立腺針生検」を予約しました。・・・MRI検査の前に生検をやるということに当時は疑問をもたなかった。・・ それで、前立腺に関する「本」「あなたの前立腺はきっとすくわれる!!」(近藤幸尋著)で調べたところPsa47.4という数値での「前立腺ガン」の可能性は80パーセントでしたので、「ガン」ではない可能性もあるかなとは考えましたが、この間の経過を考えれば「ガン」でない可能性は低いと考えざるを得ないし、しかも、その本によれば「ガン」であった場合、Psaの数値(47.4)では前立腺の外への転移がある可能性が高い事も解りました。
しかし、その本によれば前立腺ガンは進行が遅いことが多いし、また、最近の新聞や週刊誌で甲状腺ガンの次に生存率が高い事(今年3月に発表した厚生労働省の去年の統計では男性のガン発生率も5年生存率も前立腺ガンが1位だった)**等書いてあった事なども考えて、出来るだけ冷静に今後の治療計画を検討する事に努めました。
それで、「本」を参考にしながら、ガン細胞がいつ頃から増殖し始めたか、ここ10数年の自分の生活を考えると**私自身の生活習慣や生活環境が作り出したと考えざるを得なくなり**それ故出来るだけ早く「生活習慣や生活環境の転換」を進めていくことが「前立腺ガン」を克服するのには必要と考えるようになりました。
前立腺ガンを確認した1月23日(2017年)夕食からは**
- 「天ぷらやフライなど揚げ物類」の摂取禁止。
- 「牛、豚、羊」など四足動物の摂取禁止。「サラダ油」の摂取禁止
- 「白米、小麦原料のパン類、菓子類」の摂取禁止。
- 「乳製品」の摂取制限。
- 「サラダ油」の摂取禁止。
- 「和菓子やケーキ類」の摂取禁止
など「食生活の改善」を始めました。・
また**以前(2~3ヶ月位前だったと思うが、多分インターネットで紹介されていたと思う)「晩期ガン」から治癒した何万人かの追跡調査で、それらの人々の共通点というような内容で、食生活の改善、適度の運動、適度の睡眠などストレスを出来るだけ減らした生活***というように「生活習慣の改善」が末期ガンから生還した人々の共通点だったという内容を記憶していたので、資料を集めて調査を始める必要も考えました。
病院での治療については、その「本」によれば、転移している可能性が高いので「小線源療法」や「重粒子線療法」などの選択は無いと思われたので、放射線治療や最近テレビなどで宣伝されているダビンチによる手術そしてホルモン療法などを検討する事にしました。そして、以上のことを「生検」を受ける前には家族の皆さんや同居していない私の母親にも説明し、「生活習慣や生活環境の改善」の協力をお願しました。
そして、まず車での、朝の駅までの送り**駐車場の工事があってからしばらくやっていませんでしたが**と雨天時の学校への送りをストレスが多いので止めることにしました。また、「笑う事」によって免疫細胞は活発化するという子供達の主張があって、私は家の中では常に笑うことを強制される事になりました。
「前立腺針生検~治療を開始するまで」
その「本」によれば、「生検」は後遺症の可能性もあるので入院が一般的と書かれていたし、週刊現代には「生検」の後遺症体験も書いてあったので、「生検」が不安でしたが「生検」への不安は言いませんでした。それで、怖々「生検」を受けたのですが、しかも、麻酔をするので痛くはないと「本」には書いてあったのに、6本の針を打った際ホースの尿道が痛くて**イタイ**イタイと言う状況だったのです。しかし、その後は多少出血した程度でたいした後遺症がなくホットしました。
1月23日には「生検」の結果報告を聞きに行きましたが、その前に、インターネットで検索して、放射線療法ではトモセラピーが受けられ、手術ではダビンチがある江戸川病院を見つけたので、江戸川病院への紹介状を書いてもらうと決めていました。それで、前立腺ガン(スコア7~9)という報告書を受け取ったのですぐに、江戸川病院への紹介状を作ってもらいました。・・・以上「前立腺ガン治療経過報告「1」より・・・抜粋・・・当時はトリモダリティーという治療があるのは知らなかった・・・何かの資料をネットで読んだ可能性はあるが全然記憶にない・・・のだが、当時は、まだ滋賀医科大学による小線源治療学講座閉鎖問題はなかったのだから、もし知っていたら治療を受けられたと思うと残念。また、勿論SBRTも「ゲルスペーサー」も当時存在すら知らなかった。・・・IMRT検査の前に生検を行うと生検による出血によって画像がハッキリしないので、IMRTでの検査の後で生検を行うのが一般的ということも当時私は知らなかった
さて、紹介状をもらって1月26日に江戸川病院へ行き診察と採血を行い、2月1日に精密検査の予約をし、2月1日の精密検査は朝9時前からでしたので、京成小岩駅近くのホテルに泊まり、翌日朝(ウオーキング)を兼ねて30分くらい歩いて病院へ行きました。
2月2日は精密検査の結果を踏まえた診察でしたが、すでに1月26日の診察で、転移している場合の選択は「ホルモ、療法」という医師の判断は示されていましたので、セカンドオピニオンも考えましたが、転移している場合は、それよりも、始めた後も選択の幅が広い「ホルモン療法」をすぐに始めるべきだろうと判断しましたので、前立腺周辺や骨盤に転移を確認した上で(と書いているが記憶を確認したら、医師は断定ではなく疑わしい云々という表現だったように思う)医師が進める「ホルモン療法」を始めることに決めました。
そして、江戸川病院で「ホルモン剤」を処方されて、翌日2月3日から飲み始めました。また、江戸川病院の医師に自宅から車で10分位の病院を紹介されたので、そこで「ホルモン療法」を行うことにしました。)・・・p1~3抜粋・・・江戸川病院で病期も教えてもらえなかったが、私は「病期」という概念も知らなかったのだが、血液検査の結果は後に電話して郵送してもらった。・・・こうしてホルモン治療を始めました。
(ホルモン療法治療経過)
「前立腺ガン治療経過報告(1)」2017年4月30日・・・「同」(1)p4~p6・・・「ホルモン剤」服用して次の日に睾丸の後ろあたりの会陰の炎症が無くなったことに気がつきました。睾丸の炎症はまだあったのですが「ホルモン注射」した2月14日の翌日には睾丸の炎症もなくなり、下腹部全体が軽くなったようで、非常に歩いていて快適になりました。
しかし、それにもかかわらず、多分、前立腺肥大対策薬「タムシロン」の服用を1月23日から止めてしまったことが原因だと思いますが、膀胱に尿が溜まるスピードが「服用」前より速くなり、しかも圧力も強くなり、昼間は1時間毎に、寝てからは1.5時間~2時間毎くらいにトイレに行くようになり、尿道も細くなったようでした。その上、昼間は尿のスピードがあるので尿道がヒリヒリするようになり、逆に、眠ってからは膀胱がパンパンになってトイレに起きるのだが尿道が閉鎖してしまったようで力を入れてチョロチョロ***というような状態が続き、また、昼間は尿のスピードがあるので突然の尿意に筋肉の収縮が間に合わなくてホース部分位の失禁が多々起こりました。
しかし、3月下旬の昼頃に、突然のように尿道が開いてきて尿が太くなりスピードも緩やかになり、膀胱の溜まる尿の量も増えて2時間くらいはトイレに行かなくなってきました。夜眠ってからも膀胱がパンパンになるのが2~3時間になり、しかもチョロチョロではなく太い尿になりトイレで爽快感さえ味わうようになり4月中旬現在も続いています。
また、3月18日から殆ど毎晩自宅で湯治(と言っても、ぬるま湯に15分~20分位ゆっくりつかるだけですが)を始めたら**(いつも家ではシャワーだけでした!)**気温や体温が下がるはずの夜中に体が暑くなったり、朝起きると手足が熱く指の先から足の先まで血液がぐるぐる回っている状態が始まり4月中旬現在も続いています。
さらに、「食生活改善」開始後体重が徐々に減り、4月中旬現在、体重も4~5キロ位減り少し若返ったようですし、腸の動きがよすぎるせいか、寝るとき、ごろごろとかキューとかうるさいし**昼間もよく鳴るので家人には笑われますし、おならもよく出るようになって外出時には気を遣うようになりましたが**泌尿器だけではなく体調そのものが良くなったと思います。
泌尿器の状況が改善された理由は、「ガン細胞」が小さくなったからだろうと医師は言っていますが、確かに3月14日にはPsa3.63へ下がりましたが、実際にどの程度「ガン細胞」の転移は収まっているか、どの程度「ガン細胞」が縮小しているか解りません。
「今後の治療は!」
医師からは5月9日に二回目の「ホルモン剤注射」と、6月の「精密検査」が提案されていて、それらについては同意していますが、その後は、Psaの数値を見ながら「ホルモン間欠療法」を始めたいと考えています。
どの様な数値が続いたら「間欠療法」を始めたら良いのかは**2月の初め頃子供からインターネットの「晩期ガンからの生還 あきらめない 私のガン闘病記」を紹介されて読みましたし、2017年3月5日(BS-TBS)放送「前立腺ガンと共に生きる」で「間欠療法」は紹介されていて興味深く拝見したし、また、(同放送)「前立腺ガンと共に生きる」ではNPO法人「腺友倶楽部」を紹介していましたのでインターネットで拝見もしましたが、まだ判断が付かないので経験者の話をもっと伺ってから医師には話そうと考えています。
なお、「治療」は順調に進んでいますが、「ガン細胞」の縮小があってもなくなるとは考えていませんので、将来は(BS-TBSで放送された)「近赤外線治療」や(BS-12で放送された)「免疫細胞治療」など苦痛が少ないと思われる治療を受けたいという気持ちはありますが(放射線療法やダビンチ手術は現在は考えていません。)「ガン細胞」との共存も可能とも考えています;
ともかく、今後「治療」を主体的に進めていくためには「学習活動」が重要と考えて「食生活改善」関係の著作「末期がん」から生還した人々の手記や「ラジウム温泉」関係の資料など**アマゾンで探して取り寄せて少しずつ勉強させてもらっています。
その際に**「はじめに」で記憶として書いた「末期ガン」から生還した人々の共通点として(**食生活の改善、適度な運動、適度な睡眠などストレスを出来るだけ減らした生活***)等を紹介した文献は今でもわかりませんが、その元となったのではないかと思われる本「ケーリー・ターナー著」「がんが自然に治る生き方」をアマゾンで見つけたので取り寄せて読み始めました
(以上、前立腺ガン治療経過報告「1」編集と加筆)
「前立腺ガン治療経過報告」(2)2017年7月26日・・・2p・・・
睾丸周辺の炎症」「頻尿」「過活動膀胱」の解消は現在も再発せず順調に続いています。実は書かなかったけれど「過活動便」のような状態もあったのですが・・2~3回は間に合わなかった・・同じように解消されて現在は順調です。
最近週末は千葉の家の整備かラジーム温泉へ行くのでウヲーキングを目的に出かけることはありませんが、買い物ついでに、毎日シャツを2~3枚替える位汗をかいています
3p・・・さて、現在順調にPSA値は下がっていますが、私の手元の資料では・・私のように癌が骨への転移まで進んだ場合、このままホルモン療法を続けていっても、早ければ1~2年、遅くとも数年でPSA値が上昇し「再発」する・・と書いてあるので、そうならないように、生活習慣を変えようとしていますが、それでも再発した際には、病院によって治療方法の違いもあるので、自分自身でやりたい治療方針を作ってそれが可能と思われる病院を検討すべきと考えています。
p3~p4・・・「腺友倶楽部ネット」で、会の資料を検討して腺友倶楽部の講演動画をみたら、私の場合現在病院の治療は「ホルモン療法」だけですが、「小線源療法、放射線療法、塩化ラジウム223」を組み合わせた治療が可能らしいと思え・・ビックリ!・・また、新しいホルモン治療薬「アビラテロン、エンザルタミド」なども登場し保険利用可能になったたことも知りました。(しかし薬が高い、現在のニュープリンに比べると1ヶ月当たり50~60倍はする、私の場合月の治療費の自己負担額の上限は5万7千円なので毎月薬に5万7千円払うことになる)・・と言うように高価ですが効果も高いことは理解できました
「前立腺がん治療経過報告」(3)2017年9月30日・・・p2・・・「現在の体調」・・・PSA値は順調に下がっていますし、今年になって2~3ヶ月続いた頻尿や過活動膀胱症状や過活動便症状・・・などが解消した後も再発はなく、また、一時あった睾丸やその周辺の炎症や不快感も再発はなく体調は順調です。
「同」(3)p5~p6・・・腺友倶楽部のメールではホルモン剤の副作用対策が話しわれていますが・・・私の場合は夜中に暑くて目が覚めることがある事かと思いますが・・・元々夏は一晩中冷房をつけないと眠れないし、冬でも手足が冷えないのでホルモン剤の副作用かどうか解りません。むしろ副作用よりも、ホルモン剤を飲んだ次の日には会陰の不快感や炎症がなくなり、注射をした翌日には睾丸の不快感や炎症がなくなり、というように下腹部が軽くなり散歩が気持ち良くなったという良い作用しか実感はありません。
ホルモン剤投与以降の血液検査の結果も肝機能はむしろ良くなって全て正常値内にいるし、コレステロール値は下がり気味だし、Hba1cは正常値上限(元々糖代謝はいつも正常値内だった)から下降してきているので、数値に異常はなく、強いて言えば体重が下げ止まりになって(今年になって5~6キロ下がりましたが)いるけれど、それはホルモン剤のせいではなさそうです。
さて、どこで「ホルモン間欠療法」に入るかは、まだPSA値が下げ止まりしていないので未定ですが、ホルモン間欠療法を始めた場合、また睾丸やその周辺の不快感や炎症が起こるのではないかという「不安」があるので、PSA値が下げ止まったその時点でセカンドオピニオンと再度の精密検査を行ってから決めようかと考えています。
また、PSA値が下げ止まりせずに、どこかでPSA値が上昇する場合もありますが、いくつかの医療関係の資料を読むと・・・ホルモン剤で治療している人は、早ければ1~2年、大概は数年でホルモン剤は効かなくなってPSA値が上昇を始めるが、まれには10年以上経ってもPSA値に異常がない人もいると書いてありましたが・・・人によってなぜこの様な違いが生じるのか、あるいはどうしたら10年以上経ってもPSA値が上昇しないでいられるかという患者にとって一番知りたい情報は資料を読んだ限り不明なので、実際に私には何を当てはめて良いか解らなくなり治療を始めた頃は不安ばかり高まってしまいましたが、その後資料などを検討した結果、現在は、PSA値再上昇が直ちに生命に危険を及ぼす事態であるとは考えていませんし、しかもその際には、手段は色々ありそうなので、まずは精密検査を行ってから今後どうするか決めれば良いと考えています。
ともあれ、男性ホルモンを利用して増殖していた癌細胞は、体調が良くなったことやPSA値の低下状況などを考えれば相当減ってきたと思いますが、それでも多分「癌幹細胞」は生き延びていると思うので、今後も、「医療」を受けつつ、自分なりに、かつ楽しみながら、食事の改善や適度な運動やラジーム温泉療法や、その他生活習慣の転換を進めて行けば、たとえ「癌幹細胞」が存在していても「癌との共生」状況を作り出す可能性は大いにあるし、あるいは、「癌幹細胞」がなくなって治癒する可能性も結構あると思っています。
「前立腺ガン治療経過報告」(4)2018年6月30日・・・
p1・・・前立腺ガンに罹っている事が解ってから1年半くらい経ちましたが、前立腺ガンの治療が始める前・・・多分数年位前からと思うが・・・歩いていて犬に合うとよく見つめられていたし、動物園へ行ってもフクロウや猿に見つめられるというようなことがよくあって「お父さんは動物に見つめられる」とよく笑われていたが、去年の春頃以降は、歩いていて犬にあっても見つめられることがなくなり、どこの動物園でも動物に無視される状況が続き・・・「もしかしたら犬や猿などの動物には臭いで体調異変を感じる能力が有るのかな」と笑いあっていますが・・・
「同」(4)p3・・・
「今後の病院治療について」・・・1年位前はホルモン間欠療法についてどうしようか迷っていたが・・・去年の3月末頃から始まった就寝後夜中に体が熱くなる現象は治らないが・・・去年の3月頃収まった頻尿や過活動膀胱や過活動便、あるいは睾丸や会陰の炎症や尿道の鈍痛は再発しない・・・前立腺は38ccから(治療を始める前の資料は手元にないので不明)26ccへ縮小、また、なんと殆どなくなりかけていた頭頂部の髪の毛が生えてきた・・・というように体調が順調なので、ここでホルモン療法を止めたら、睾丸や会陰の炎症や頻尿が復活しないかとか、また頭頂部の髪の毛が、またなくなりはしないか・・・という心配もあって、未だに間欠療法には踏み切れないという状況にあり、現在も、ホルモン単独療法を続けています。
また、現在PSA値は下落が頭打ちになり上昇の可能性も出てきたが・・・PSA値は急激に上下するとは考えていないが・・・もし今後も上昇が続くようであれば、・・・以前(1年位前)はホルモン療法でPSAの上昇を抑えられなくなったら、ホルモン剤を変えるか抗がん剤治療を始めるか、二者択一しかないと考えていたが「前立腺ガンセミナー患者、家族の集い2017大阪」での岡本圭生氏講演ビデオ、藤野邦夫著「前立腺ガン最善医療のすすめ」、2018年3月17日「GS9~10」高リスク前立腺がんのベスト治療方法は?(ひげの父さん、前立腺:メモ)・・・などを検討した結果、現在は、ホルモン剤の変更よりもトリモダリティー(小線源療法、放射線外部照射、ホルモン療法)が最良の選択と考えています。
といっても、現在予約しても1~2年後(予約しても1年以上待つそうなので)くらいになるし、その前に、精密検査が必要なのだが・・・最新のMRIは生検の代わりになるそうなので(ひげのお父さんメモ)その際には生検ではなくMRIの利用を考えているが、最新の機械なので設置している医療機関がまだ少ない・・・という状況もあるので思う通りにはなかなか行きそうもないが、ともあれ、検討しています。
「ラジウム温泉療法」(前立腺癌治療報告「3」)より
さて、私はラジウム温泉が前立腺癌治療に効果があるのではないかと考えてラジウム温泉巡りを始めた訳ですが・・・ラジウム温泉巡りがPSA値の低下や体調の維持にどの様に貢献したかは全く解りませんが・・・8月の旅行帰りに福島県三春町の(やわらぎの湯)で・・・湯船にへそあたりまで数分間浸かっていたら、段々と内蔵が暑くなる・・・という初めての経験をしました。
一方、子供達は頭痛が起き始め、18歳の息子は腕を上げられないほど体が怠くなる・・・という症状が現れ始めたので、10分位で出てきましたが、驚きの体験でした。
今年の4月に恵那ラジウム温泉に行った時に初めて「湯疲れ」という経験をしましたが、その時は湯に20分以上入っていたので、今回とは違う現象ですし 8月の旅行で寄った北海道の二股ラジウム温泉・・・ウィキペディアではラドン量が温泉法の規定に達していないと記してあったが・・・でも、また、同様に8月の旅行で行った登別温泉でも(ラドン量0,07マッヘと非常に低い数字でしたが)何の変化も感じませんでしたし、以前行った放射線量が高いはずの栃尾又ラジウム温泉と増富ラジウム温泉では30分~40分湯に入っていましたが・・・(その際、増富では湯船の中の置いてあった石に跨がると前立腺癌治療効果があると書いてありましたが、先客がいたし次に裸で跨がることには抵抗があったので止めました、また、両方とも湯の温度は低かったのですが)何の変化も感じませんでした。
また、スキーなどで以前よく行った草津や野沢温泉では湯が暑くて困りましたが体の外側は暑くなっても内蔵が暑いとは感じませんでしたので、体験から考えると湯の温度による現象とは考えにくいです。
(やわらぎの湯)で入浴時間制限があるのはこうした現象が起きるので予防なのではと思いますが、近々、今回は(やわらぎの湯)での「岩盤浴」は体験しなかったので、また、連れ合いは仕事の都合で旅行途中で帰宅して体験をしていないので、今度は連れ合いを連れて、再度確認してくるつもりですが、子供達はもう行かないといっています。(私の体験した内蔵の暑さは湯を出て数分で収まり、その他子供達のような症状は起こりませんでしたが、30歳の息子の頭痛は翌朝には治りましたが、軽くはなりましたが寝るまでおさまりませんでしたし、下の息子は夜寝る時までには収まりましたが倦怠感と頭痛がなかなか収まりませんでした。)
それで、今後の予定ですが、(やわらぎの湯)へ岩盤浴も含めて再度行って、その後は新潟の村杉ラジウム温泉へ、暮れから来年あたりまでには三朝温泉、池田温泉・・・8月の旅行で最初に行くつもりが台風接近の為キャンセルした秋田県の玉川ラジウム温泉は・・・冬は雪崩事故で入浴中の方が何人か亡くなってからやっていないそうなので来年の春以降になるかも・・・と検討していますが・・・都内など身近にある岩盤浴は?ラジウム温泉の近くへ引っ越したら!・・・という意見もありました。
それで、インターネットで岩盤浴やラドン浴を調べると都内にも何件かありましたし、前立腺癌を岩盤浴で自ら克服したという経営者もいましたが、それはともかく、毎月ラジウム温泉へ行くとなると財政上問題なので・・・ましてやホルモン療法にも結構医療費が掛かるので・・・しかも都内や近郊であれば平日通えるので、行ってみようと思います。
ラジウム温泉の近くへの「引っ越し」についても検討はしていますが現段階では調査不足で、これからの実践との兼ね合いで検討を進めていけるだろうと思います。
さて、一方、インターネットでもラジウム温泉に関する情報を調べていますが、色々と興味深いこと・・・ニュウジーランドのラジウム温泉ロトルアについて「近況報告5」で述べましたが・・・ヨーロッパではオーストリアのバドガシュタインが有名だそうです。
また、チェコの鉱山労働者のラドンと肺癌の関係が指摘された事とか、岡山大学の三朝温泉での癌発生率調査では癌発生率が低かったし、アメリカのラドン含有量の多い地域の調査でも三朝温泉での調査と同じくラドン含有量が多いほど癌発生率の低下があったが、それは放射線の害はなかったという事は言えても放射能による癌発生率低下とまで論証するには無理がある・・・とか、あるいは、ヨーロッパでの調査では逆の結果が出て室内でのラドンに制限があるとか・・・色々と情報があって整理できませんが、また、「放射線ホルミシス・・・」とか何冊かの本も少しずつ目を通してはいますが、最近やっとラジウムの崩壊とα線とラドンと・・・キューリーとマッヘの違いとか温泉法とか・・・少しずつ理解してきた程度です。
ともあれ、前立腺癌治療薬に今年から「ラジウム223」注射薬が保険治療薬として日本で使用が始まりましたが、ましてや楽しみながら効果もあるかもしれないラジウム温泉は今後も利用していくつもりです。
強度変調回転放射腺治療(VMAT)での体幹部定位照射「SBRT」を始めた経過)
(当初はトリモダリティー)
先に述べたように、トリモダリティーの治療はメールを送る半年以上前から検討していたが、2018年の2月頃からPSA値が上昇し続けていたので、今がチャレンジ時だと決断をし、2018年12月に、滋賀医科大学小線源治療学講座の岡本医師によって行われているトリモダリティーでの治療の意思をメールで岡本医師へ伝えた。
しかし、岡本医師にメールを送った後に、「講座」は(2019年の12月で廃止となり治療は同年の6月までだが予約は同年6月まで一杯なので新規の患者は受け付けていない)という情報(2018年12月24日の腺友倶楽部の掲示板)を見つけたので、慌ててインターネットでトリモダリティーの治療ができない場合を想定して放射線治療の調査を進めた。
(VMATでの体幹部定位照射「SBRT」)
この調査で、それまでは、最新の放射線治療と言えばIMRT’(強度変調放射線治療)による35~36回に分けて76グレイ前後照射する方法しか知らなかったが、2016年4月からは前立腺癌治療にもVMATによる5回照射(35~36.25グレイ)SBRT(体幹部定位照射)の保険適用が始まったことや、VMATでの41回照射(82グレイ)もあることが解った。
また同じく「調査」で・・・いままでは「放射線治療を受けて再発したらその後の治療はホルモン剤や抗がん剤などの薬物治療しかない」と考えていたが・・・放射線治療後の再発にたいする治療が「救済小線源治療」や「救済外部放射線治療」として現在行われている事実が確認できたので「放射線治療を受けて再発したら・・・」というのはどうやらIMRTが登場する以前の副作用が多かったといわれている(3DCRT)による放射線治療の頃の事だろうと現在は考えている。
また、放射腺治療に際して・・・副作用軽減目的で前立腺癌治療にも「スペーサー留置」の保険適用が始まったことは、去年の10月頃の腺友倶楽部の理事長のメールと去年の11月24日の「男性がん総合ホーラム」での講演で知った(札幌高機能放射線治療センターで使用しているヒアルロン酸を使用した「スペーサー留置」はよく解らないこと・・・数時間で吸収されるならば毎回注入作業が必要になるのだろうか?であれば小線源治療では使えないのでは?保険治療なのか?・・・が多いが、当センターではVMATによる医療は行っていないので、それ以上の調査は止めた)・・・SBRTをVMATではなく従来型のサイバーナイフで行う場合は「金型」を前立腺周辺へ入れるということも・・・丸山ワクチンの10倍~100倍の濃度の(アンサー20)が放射線治療の際には保険適用となっていること・・・なども知った。
そして、VMATによるSBRTか41回照射か・・・しばらくの間インターネットで資料調査をして・・・考え続けてきたが、一方、岡本医師からは治療可能という返事はメールでもらったけれど、現状については、裁判資料をいただき、相談相手に「講座」の患者会の方を紹介してもらった。
それで、裁判資料を読んでから紹介された患者会の方に相談したところが・・・予約は1年以上先まで埋まっているうえに、今年の6月で滋賀大での岡本先生の治療は廃止という滋賀医大の方針のため今年から診療も止まってしまった。つまり、滋賀医大の妨害で私は多分1年以上岡本医師の治療は受けられない・・・という状況が判明した。
しかし、一方では、岡本医師は「再発」に対する救済小線源治療も行っていることも解り・・・放射線外部照射を先行させても、将来岡本医師の小線源治療を受けられる可能性が大いにあると言うこと・・・なので少しほっとした。
また、トリモダリティーの治療を受けられる可能性がある医師も紹介してもらい、その時は行ってみようかと考え、そのように返事をしたが、その後色々考えて、まずは経験値が高く通うのが容易な東京大学付属病院でSBRTを、それがダメなら多少遠くなるが、経験値は東大に比べて遜色のない(患者人数は少し少ないが、インターネットでの説明は丁寧)大船中央病院でSBRTと考えた。
東大付属病院で(VMATでの体幹部定位照射「SBRT」)
ホームページに記載されていた担当医師宛てに「東大医学部付属病院でVMAT(回転型強度変調放射線治療)によるSBRT(体幹部定位照射)」と「ゲルスペーサーの使用」による放射線治療を希望するというメールを送り、その後メールを何回かやり取りをしてから、面談、血液採取によるPSA検査、(骨シンチ、MRI)での前立腺がん検査を行った。
血液検査の結果・・・PSAは0,8と予想通り上昇したが、骨シンチの結果は骨転移なし、MRIの結果は・・・過去痕跡はあるが現在はがんを発見できない・・・ということであった。
メールの当初のやり取りでは、担当医師はスタッフと相談して延命効果を期待しての放射線治療ということだったので、多分リンパ節近辺までガンがあると想定していたのだろう!私が荷物をまだ置いて椅子に座る前から・・・ガンが発見されませんでしたと驚いていた。
その上で、私が椅子に座るやいなや、医師からは{様子を見ますか?}と尋ねられたが・・・私は{やります!}と即座に答え、当初の予定通り放射線治療進めていくことになった。
放射線治療を始めた理由
東大付属病院で検査を受ける前は・・・2年前にはPSAが60近くあったのだから、現在のPSAの上昇は近い将来「再燃」の可能性が高いと考えるべきだと思っていたし、検査結果ではリンパへの転移や骨転移の可能性もあるかもと考えていた。
しかし、実際には、骨シンチとMRIによると現在はどこにもがんが発見されなかったのだが・・・(その後、腺友倶楽部のメールを見てみると、従来の、MRI検査でガンが発見できるのはある程度大きくなってからのようで、最新の全身拡散強調MRI(DWIBS)なら、あるいは現在は治験段階のPET-CTならば発見できたかもしれないと考えている)・・・2年前には確かに前立腺がんが存在していたのだから、何処かに「幹ガン細胞」はいるはずだと考えたので、近々ガン細胞が検査で発見できる段階まで発達すると予想できたし、しかも、PSA値が1以内の段階で放射線治療を始めた方がよいとも聞いていたので、放射線治療に迷いは無かった。
その上に「ゲルスペーサー」を使えれば放射線の腸への副作用が大幅に軽減されるし、VMATによるSBRTは最近始まった方法で、最初に始まった欧米の資料も数年くらいの資料しかないので他の放射線治療と比較した治療効果はまだ確定していないそうだが、理論的にはIMRTによる分割照射よりも治癒率は高いということだそうだし、 患者負担の軽減効果(回数は5回だから、回数はIMRTの分割照射の7~8分の1に、費用は約半分に)は相当高いと考えたと言うこともあった
放射線治療前後の体調
以下「前立腺ガン治療報告「5」「6」からの抜粋
・・・VMATによるSBRTは2月27日からですが、問題なのが浣腸です。最初の2回は家で行い電車の中で、出そうになったので、その後1回は午後にしてもらって病院で浣腸したのですが「ハイドロ」設置は9時に指定されたので通勤時間帯は避けたくて近くのホテルに泊まりました。また、2日続けたときは三日目の日は一日中寒くて参りました。もう既に4回やっていますが、これからも照射のたびにやらねばと思うと気が重いです。
「ハイドロ」設置の際には点滴が効かないようで看護師さんと世間話をしながら行いましたので、麻酔注射は少し痛かったです。しかし設置するときは全然無感覚ですぐに 終わった感覚でした。下腹部の違和感は1日~2日でなくなりまた帰りは付き添いをつけてと看護師に言われましたが、全然問題がないので1時間休憩後診察をしてその後食事をして、のんびりと一人で帰りました。
「アンサー20」の検討をしましたが、止めました。丸山ワクチンの10倍~100 倍の濃度なので少し副作用はあるとのことですが、放射線治療中は週2回保険適用なので実質無料なのですが、今の私には必要ないだろうと判断したことと、前立腺照射の際には白血球の減少はないと医師に確認もしましたので。
・・・・・・ホルモン治療を止めてから1ヶ月チョット経ってから右乳房の痛みが取れましたの でうれしくて仕方がありません。このままでは乳腺症になるのではと不安でしたので。ただ、就寝してからトイレに行くとき体が熱くて冷やしてから寝なければならないという状態は変わらないので、これはホルモン治療の影響ではなさそうです。
下痢状態はその後も続いたため2日半断食をして少し軽くなったところで、お粥と梅 干しを食べたところ、数分もしないで調子がよくなり、その後は下痢はありません。浣腸と薬の影響で腸が痛めつけられたのに、「放射線」が終わってうれしくなって過食してしまった事が原因ではと医師に言ったところ「放射線の影響もあるかもしれませんよ 」という意見でした。
「塀尿」状況は殆どなくなりましたが「過活動膀胱」状態が多少続いています。溜まってからの排尿圧力が強くて数回は負けました。排便も多少過活動なところはありますが、ホルモン治療を始めて1ヶ月経った頃はもっと強い過活動状態が排尿排便にあったので、その時に比べれば楽勝と考えています。・・・
以上「前立腺ガン治療報告「5」「6」からの抜粋
PSA値の変化と治療記録
2003年 6月 2日 |
PSA 2.04 |
(人間ドック) |
2013年 7月30日 |
PSA 14.86
|
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2016年 2月25日 |
PSA 41.4 |
前立腺炎治療開始 |
6月17日 |
PSA 44.4 |
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11月18日 |
PSA 47.4 |
|
2017年 1月10日 |
4+5×5本、3+4×1本 |
前立腺生検(近くの医院) |
1月23日 |
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前立腺癌確認 |
1月26日 |
PSA 59.999 |
江戸川病院 |
2月01日 |
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精密検査 |
2月02日 |
|
診察、転移確認 |
2月03日 |
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カソデックス剤投薬開始 |
2月14日 |
PSA 17 |
リュープリン注射開始 |
3月14日 |
PSA 3.63 |
前立腺エコー38cc |
4月18日 |
PSA 0.73 |
|
5月 9日 |
PSA 0.425 |
リュープリン注射2回目 |
6月26日 |
PSA 0,120 |
|
7月31日 |
PSA 0.075 |
リュープリン注射3回目 |
10月23日 |
|
リュープリン注射4回目 |
11月27日 |
PSA 0.036 |
|
2018年 1月15日 |
PSA 0.040 |
リュープリン注射5回目 |
2月19日 |
PSA 0.043 |
前立腺エコー26cc |
4月 9日 |
|
リュープリン注射6回目 |
6月12日 |
PSA 0.09 |
|
7月 2日 |
|
リュープリン注射7回目 |
9月25日 |
PSA 0.243 |
|
12月18日 |
|
リュープリン注射8回目 |
2019年 1月25日 |
PSA 0.80 |
|
1月30日 |
|
骨シンチ |
1月31日 |
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MRI検査 |
2月 6日 |
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ハイドロスペーサー設置 |
2月27日 |
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SBRT開始 |
3月 8日 |
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SBRT終了 |
4月10日 |
PSA 0.21 |
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8月 7日 |
PSA 0.03 |
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2020年 2月 5日 |
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PSA検査の予定 |
2019年8月現在の体調と現状
お粥と梅干しで治った下痢は再発しないし、排尿や排便も放射線治療前の状態に戻っている。やはり下痢は放射線の影響ではなく度重なる浣腸と続けて飲まされた下剤の影響だと思う。
ホルモン療法の影響だったと思われた右乳房の痛みも治った後再発はなく順調だが、夜トイレ後にあった体のほてりは5月の中頃から感じなくなり、現在はないので、多分ホルモン治療を止めたことが原因と現在は考えている。
不思議なことに、ホルモン治療開始後、徐々に増えてきた頭頂部の毛は現在も健在であるが、ホルモン治療と同時に始まった全く性欲が無い状態はホルモン治療中止後も続いているので、共通の関係性があるのかなと考えている。
前立腺ガン治療報告「4」「はじめに」(2018年6月30日)
・・・「前立腺ガンに罹っている事が解ってから1年半くらい経ちましたが、前立腺ガンの治療が始める前・・・多分数年位前からと思うが・・・歩いていて犬に合うとよく見つめられていたし、動物園へ行ってもフクロウや猿に見つめられるというようなことがよくあって「お父さんは動物に見つめられる」とよく笑われていたが、去年の春頃以降は、歩いていて犬にあっても見つめられることがなくなり、どこの動物園でも動物に無視される状況が続き・・・「もしかしたら犬や猿などの動物には臭いで体調異変を感じる能力が有るのかな」と笑いあっていますが」・・・と行った状態も現在も続いている。
睡眠は・・・2013年秋に腰痛になり翌年3月には会社を辞め、「主夫」になり、その後は、確かに、毎日よく眠り(8~10時間)・・・最近は(2019年7月20日記録)では、トイレや歯磨きで2回起きたが連続で13時間も寝てしまったということもあるほどだ。その時は、時計を見なければまだ寝られたという状況で、年と共に睡眠時間が長くなるようで、そのうちに目が覚めなくなるのではと考えるほどよく眠れる。
精神的なストレスは・・・(会社を辞めて1年以上たったある日、表現しようが無いようなストレスとかイライラが脳から出ていったような気分に気づきました)・・・と「近況報告」で述べたが、その後も最近はストレスは殆ど感じない。
体重は・・・ホルモン治療を始めた頃は、数キロの体重の減少が有ったが、ホルモン治療を中止してから半年で数キロ体重が増えてしまった。
原因は、ホルモン治療にあるのではなく私の過食と運動不足が原因だろうと反省しつつ減量に取り組もうと思うが、多分筋トレ(特にヨガ)の影響で筋肉が増えたことも体重増加の要因の一つではないかと思う。
4年くらい前に初めてハンガーショックを体験。・・・腹は減っていたが、1~2キロ早足で歩いただけでなるとはショックだった。初めは足が動かなくなり体から力が抜けていくのは水分不足と思い座って水分を補給したが体のだるさが全然消えない。それで、ハンガーショックかもしれないと考えてコンビニでパンを食べたらすぐに回復。季節がまだ春で長袖を着ていたので熱中症にはなり得ないので、直ぐにハンガーショックと気づいたのはラッキーだった。その後も何度もハンガーショックを起こしそうな経験をしたが、起こす前に対処できている。
熱中症は・・・今年始めて体験した。35度以上あった日の日中、テニスコートでボール拾いを始めたら、熱がこもってボートし始めたが、汗は出ないし水分を補給しても胃の中でジャブジャブしていて全然吸収しない。それで、塩飴をなめて。持参した氷を手のひらで握りつつ時々頭も冷やしていたら徐々に回復してきたが、完全に体調が戻ったと感じたのは数時間後の夜になってからだった。軽い熱中症だと思うが、回復にこんなに時間が掛かるのは予想外だった。以後テニスコートへ行く時は塩飴と氷に冷却スプレー持参にした。プレーそのものは現在の体重ではふくらはぎの肉離れが怖いので自粛中である。
ちなみに、20代前後の頃は、炎天下でしかも野球のユニホームを着て何時間も走り回っていたが、水分と塩を補給(下級生の頃は隠れて)をしていたので一度も熱中症にはならなかった。また、冬風邪を引いて微熱が出ると、一日中グラウンドを走り回ると治ったという経験が何度もあったが、夏汗をかいてよく動いた年は冬風邪を引きにくかったという体験もここ30年くらいで何回かある。但しここ数年は冬は夜マスクをして寝る習慣をつけたので風邪を引いた事が無い。・・・20年以上前にたばこを止めてから喘息症状が出なくなり現在まで続いている。
現在の食事の管理状況
野菜を一杯食べているからという理由で、会社を辞めても、以前と同じように、肉類や揚げ物やお菓子も毎食沢山食べていたし、また、毎月一回は「食べ放題」のレストランへ行くという生活・・・前立腺ガンに罹っていた(2013年7月30日、63歳の時にはPSA14.86)にもかかわらず、67歳半ばまで続けていたが、それでも会社に行っていた頃毎晩のようにあった胃酸の逆流は徐々に無くなっていったが、血液検査では肝臓機能やコレステロール値全然改善されないという状況は続き、どうしても食事の管理ができない!というジレンマは常にあった。
「前立腺ガン治療経過報告(2017年4月)「1」)p2」・・・
前立腺ガンを確認した1月23日(2017年)夕食からは**
- 「天ぷらやフライなど揚げ物類」の摂取禁止。
- 「牛、豚、羊」など四足動物の摂取禁止。「サラダ油」の摂取禁止
- 「白米、小麦原料のパン類、菓子類」の摂取禁止。
- 「乳製品」の摂取制限。
- 「サラダ油」の摂取禁止。
- 「和菓子やケーキ類」の摂取禁止
など「食生活の改善」を始めました。・・・
というように生検で前立腺がんが発見されて、病院での治療を始める前から、食事療法を始めたが、前立腺ガンに罹ったことが分かってから始めた食事療法のおかげで、現在は食後の胃酸逆流症状は全くないというような状態になったし、やはり、前立腺ガンに罹ったことが分かってから始めた食事療法のおかげで、肝機能の数値は正常値にコレステロールはまだ高いが減ってきた。
その後の、最近の積極的な習慣・・・ほぼ毎食野菜スープ(ゴーヤ、モロヘイヤ、トマト、カボチャ、人参、大豆、玉葱、ブロッコリー、もずく、キノコ類などが多い)を取る、毎日有機栽培の豆乳(1リットル位)や有機栽培緑茶(200~400㏄)や有機栽培コーヒー(同前)を取る、毎日一回は野菜炒め(オリーブオイルを使用し、ニンニク、ゴーヤ、キノコ類、ズッキーニ、キャベツ、茄などが多い)を作る、パンは全粒粉パン、蕎麦はそば粉100%、麺類は粟稷稗の三穀麺、全粒粉パスタ、米は胚芽米に大麦か粟や稗などの穀物を混ぜたもの、毎日最低一食は魚を食べる、毎食果物を食べる、梅干し納豆大豆食品なども時々取る、間食は落花生、クルミ、アーモンド・・・などを行っている。
忌避食品は・・・白砂糖、精白小麦、精製した油、高温で揚げた揚げ物、アメリカホルモン牛、牛乳及び乳製品、マーガリン、ショートニング、ハムソーセージ類(亜硝酸ナトリームなど有害添加物が無添加のものは除く)などだが、旅行中は、白米(忌避してはいないがなるべく食べないようにしている。旨すぎる!)、白砂糖や精製した油を使用した食品を避けられなくていつも困っている。
肉類はアメリカのホルモン牛以外忌避していないが、鶏肉はなるべく国産の抗生物質を使っていないものとか、なるべく肉は比較的信用がおけるコープのものを使うが、一日1回以上は食べないように、できれば二日に1回ぐらいに抑えて、また量も一度に50~100グラムにしている。
しかし、「晩期ガンからの生還」というブログを出している一島さんのまねをしようと試みたが、人参リンゴジュースを大量に毎日飲むことはできなかった・・・当初は一日1回くらいから始めたが、1ヶ月くらいで挫折・・・「奇跡のシェフ」という本を出した故神尾さんのレシピ通りに食事を作るのも難しかったし、「ケント食」はとてもできそうになくてあきらめてしまった。
それで、私にあった食事を作ろうと考えて、資料も検討しながら実行してきたが、ともあれ、体は食物で作られるのだから、食べ物に注意することは人間の生命を維持発展させるため必要なことで、先に述べたように、前立腺ガンに罹ったことは食事の改善の好機でもあったわけだが、実際にそうしなければ他のガンや糖尿病や心臓などの循環器障害や脳梗塞などの脳機能障害になっていた可能性があったと思う。
また、特に前立腺ガンの場合は・・・乳製品や肉類や酸化した油などの大量の摂取が前立腺ガンの要因と統計的にはエビデンスとして存在するので、また、野菜の摂取が病気の予防に役立つという統計上(一日1キロ以上だと効果はそれ以上変わらない)のエビデンスも存在するので、それらに従って自分で工夫して調理するのであれば実行は難しいものではないと思う。
それで、これからも料理のレシピを増やし、パン作りや味噌、梅干し、ラッキョウ漬け・・・等も作ろうと考えているが、それらについては前立腺ガンに罹ったことが分かってから中断しているフェイスブックで写真をつけて公開していきたいと思う。
また、「クラインガルテン」の計画があるが、それについては「前立腺癌闘病記2」で。
食事の管理に参考にした主な資料
「最強の野菜スープ」前田浩著 「ハーバード大学式野菜スープで免疫力アップ!がんに負けない!」高橋弘著 「奇跡のシェフ」神尾哲男著 「チャイナ・スタディ」キャンベル著 「和田式食事法」和田洋己著 「がんが消えていく食事」済陽高穂、志澤弘共著 「ケント食ががんを消す」古川健司著 「がんが消えた奇跡のスムージーと毎日続けたこと」林恵子著 「ある完全治癒の記録」アンソニー・J・サティラロー著 「余命3ヶ月のガンを消したムラサキテルミさんの奇跡のレシピ」ムラサキテルミ著 「この食べ合わせが、がんにならない」白鳥早奈英著 「がんが自然に治る生き方」ケリー・ターナー著 「がん自然治癒」杉原弘章著・・・其の他SNS「三谷さん」「晩期ガンからの生還」など
ラジウム温泉巡り・・・2017年北海道旅行で二股ラジウム温泉と登別温泉へ行って以降まだラジウム温泉は行っていないが、現在計画中なので、実行したら今後はフェイスブックへ公開予定。
運動は・・・今年で70歳になったが、これまで、野球は中学高校大学でのクラブと会社での草野球子供の少年野球のコーチ地域のソフトボール、高校の授業ではハンドボール、サッカー、ラグビー、その他、卓球、自転車、スキー、登山、バレーボール、水泳、バトミントン、テニス・・自分でも驚くほどスポーツをやってきた。
また、少林寺拳法の8段だったと思うが、その友人にはよく練習相手をやらされたが、本格的にやろうとは思わなかったし、古武道をやっていた友人には少し教えてもらったがとても自分には無理と思ったし、太極拳をやっていた友人の怪我がすごくて、恐ろしくて私はやらなかった・・・など色々あったが・・・会社を辞めてからは、買い物ついでに、毎日シャツを2~3枚替える位汗をかいています(前立腺ガンに罹ったことがまだ分からなかった頃の近況報告)・・・といっていたが、現在は毎日一回は買い物ついでのウォーキングは行っているが、その他は週1回(いけないことも多々あるが)ヨガ教室へ通っているし、毎日一人で一日1回数分程度のヨガも行っているし、殆ど球拾いだけだが、また、天候にも左右されるが週1~3回のテニス場通いをしている。ともあれ、運動不足が前立腺ガンの原因の一つかどうか分からないが、適度の運動が認知症の予防や循環器機能障害や脳機能障害の予防に役立つのは間違いないので、今後は、今年の冬からはスキーの再開を目指しているし、テニスは体重が後20キロくらい減ったらボール拾いやめてプレーしようと考えている。*自転車は電動にしたが、もう電動自転車は手放せない!
今後の経過は、フェイスブックに載せようと思う。
放射線治療後のPSA値
今年(2019年)4月10日の「放射線照射」後1ヶ月後の最初の血液検査では、PSA0.21だった事を考えると、放射線治療開始1ヶ月前はPSA0.8だったので、これまでの上昇率を下記の資料に基づいて計算すると放射線治療開始時にはPSA1.1~1.2くらいだったろうと予測すると、ホルモン治療を止めて2ヶ月後と時間が余り経っていないので断定はできないが、放射線治療効果は非常によいと思えた。
8月7日の2回目の血液検査ではPSA0.03だった。ホルモン療法を止めて5ヶ月過ぎたのでホルモンの影響も少なくなったところでの数字なので、将来再発があるにしても数年は先になりそうな数字だと思えた。
しかし、放射線治療後ホルモン治療を行わないケースをいくつか拝見すると、特に、武内理事長のHPで公開されているPSAの推移(他には武内さんのように放射線治療後ホルモン治療なしのPSA値の変化を詳しく表にした例は知らないので)と余りにも違いそうなので、放射線治療後PSA値が急降下するケースが・・・腺友クラブのメールだったと思うが記憶は曖昧だが・・・ホルモン治療を止めるとPSAの低下がある場合もある・・・という内容が記憶にあって私の場合は?という疑問もあった。
この様に考えながら、「前立腺ガン闘病記」を幾つか拝見していたら、「CAB療法(複合アンドロンゲン遮断療法)を行うと、一部の人では、前立腺がんの細胞が変化し、本来は治療薬として投与している坑アンドロゲン薬を逆に利用して増殖している場合があり、その際、坑アンドロゲン薬を中止することで、症状が改善する(PSAが低下する)ことがあり、この現象を坑アンドロゲン除去症候群(Antiandrogen Withdrawal Syndrome AWS)と言います。」という記事を紹介していた。その方は、一般的に低下期間は2~4ヶ月だそうだが、その方は、1年継続しているとの事だった。・・・
それで、私の場合はSBRT(体幹部定位照射)までの約1年2か月間のPSAの22倍の上昇を見る(最低値2017年11月0.036から・・・2019年1月0.8)と、ホルモン治療を止めてからSBRT実施までの間にはPSA検査をしていないので確認はできないが、坑アンドロゲン除去症候群の可能性はあると思えた。しかし、東大付属病院のPHに次のような内容が公開されていた。・・・・
[ 前立腺癌に対する根治放射線治療における5回照射の体幹部定位照射(SBRT)の結果 ホルモン療法を併用しなかった連続する47症例(2016/05-2018/02) ]
全例でIMRTを使用 PTVの95%に36.25グレイ/5分割で処方、年齢は57-81歳で中央値は72歳、前立腺肥大症に対する薬物治療をしていたのは36%の症例、グリーソンスコア7点以上が79%、T1c-T2aが77%治療前PSA値は10ng/mL未満が72%中リスク群が89%含まれていた。全例でPSA再発は見られなかった。
PSAの平均値(ng/mL)は治療前:8.0 → 3か月後:2.6 → 12か月後:2.0 → 18か月後:0.5と時間経過とともに順調に低下していた。
(本内容は2018年4月のJRSで発表したものです)
上記の内容は、腺友倶楽部のメールで指摘され、私は見たはずだが記憶が無かったのだが、ともあれ、私の場合は40グレイ照射なので、また、照射前のPSAは0.8なので、チョット違うところはあるが、従来の放射線治療に比べて、PSAの低下が急なことはあり得ると思えた。
しかし、前立腺癌へのSBRTの保険適用が始まって3年余りしか経っていないので実績資料は少ないし、海外の資料でも私のような高リスク患者への治療実績は少ないので、後数年は待たないと資料確認できるようにはならないように思える。
ということで、現在の結論は、坑アンドロゲン除去症候群とSBRTとの、どのていどの割合か分からないが、双方の効果でPSAの低下があると推測されるということであろう。次回の半年後の検査(2020年2月)では、ホルモン治療をやめて1年後なので、多分ホルモン治療の影響は殆どなくなっていると思われるので、その時の結果でさらに考えてみようと思う。
以上・・・前立腺がん闘病記「1」